気がついたら1(人)+5(にゃん)の子だくさん…。世話は焼けるがラブリィなわが子の日記。
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ヘッケル命日
2013年03月10日 (日) | 編集 |
ほんとは当日にアップしたかったのですが…ヘッケル、ごめんよ~

3月8日は我が家の初代にゃんこ、ヘッケルが虹の橋に旅立った日です。
ブログを始めたのはヘッケルが旅立った後だから、みなさんにはほとんど
馴染みがないですね。
5年前、腺がんに侵され1ヶ月の闘病の末、11歳で虹の橋へと旅立ってしまいました。

IMG_0391.jpg

ヘッケル亡き後、セナ、レオン、ルーク、ミウと保護し、そのお世話に明け暮れて
毎年ヘッケルの命日をきちんと偲んであげることが出来ませんでした。
今はようやくにゃんずたちも落ちつき、今年はちゃんと偲んであげることが出来ました。
今我が家のにゃんずが元気でいられるのはヘッケルのおかげだから、
毎年きちんと感謝しなくちゃいけないのにね。

IMG_0400.jpg

ヘッケルは猫エイズキャリアでした。
保護直後に受診した病院でそれっぽいことを言われ、一応室でも内飼いをしていましたが
よく脱走する子で、外でケンカして感染したか…。
数年して歯周病にかかったのを機にウィルス検査をしたら陽性反応が出ました。
すでに一緒に暮らしていたチャットとの隔離生活を病院で勧められましたが
隔離できる環境でなく、(今なら有無をいわず隔離をしていたと思うのですが)
隔離できない以上チャットに感染するのは覚悟の上で、今までとおりの生活を
していました。
後に分かったことですが、猫エイズは流血を伴う接触がなければ感染するのは稀で、
ヘッケルとチャットは仲がよくも悪くもない関係だったので、食事やトイレを
共有していても、チャットに感染することはありませんでした。

DVC00061_convert_20080523134708.jpg

当時はネット環境もなく、猫に関する情報といえば病院で得るか、本で調べるかしか
ありませんでした。
今でこそ私は猫に関していろいろ調べ情報を得ながら育てていますが、当時は
意識が低く、病院で猫エイズと診断されても、見た目は元気なヘッケルに
特別なことをしてあげることはありませんでした。

ブログを始めて、猫に関する様々な情報を得られるようになり、猫疥癬だったセナ、
猫白血病ウィルスキャリアのレオン、コクシジウムだったルーク、そして
下半身麻痺のミウを育てることが出来ました。

ここまで病気の猫たちに手をかけてあげられたのは、ヘッケルに対して十分に
手をかけてあげなかった後悔があるからです。
今なら猫エイズキャリアのヘッケルに高栄養の食事を与え、免疫力を高める
サプリメントを摂らせ、なるべくストレスをかけない生活ができるよう
環境を整えてあげていたと思うのです。
そうすれば腺がんなんて罹らなかったかもしれない…その思いは常に心の中に
あります。

IMG_0002.jpg

もうヘッケルのときのような後悔はしたくない、その思いが今のにゃんずたちへのお世話に
繋がっています。
こんな言い方をするのはヘッケルに対して申し訳なく失礼なのかもしれませんが、
今みんにゃが元気でいられるのはヘッケルのおかげなのだと思っています。

IMG_convert_20090308024112.jpg

人間大好きで猫ぎらいだったヘッケル、虹の橋では性格のきつい子も優しくなるって
聞いてるけど、ちゃんと仲良く楽しく暮らせているか時々気になります。
セナを見たとき「ヘッケルの生まれ変わり?」って思ったけど、セナはヘッケルでは
なかった。虹の橋の居心地がよくて、生まれ変わってこないのかなって
今ではそう思えるようになりました。

戸籍上では我が家の長男はたすきぃだけど、たすくママ家の条例ではたすきぃは3男、
ヘッケルが永遠の長男なんです。


~~追記~~
ようやくにゃんずたちのことが落ち着いた今、手付かずだった家の模様替えを
休日にやっています。
猫も増え、たすきぃも中学生になるし今のままでは生活がしずらくて…。
家具の入れ替えや物の整理整頓とかなり大々的で、ようやくリビングが完了。
あとレオンの部屋とたすきぃの部屋も物置部屋から居室に昇格してあげなくちゃ。
しかし捨てるものの多いこと!アパートだったら家賃がもったいなかったでしょうね~





 相変わらず夜こたつで撃沈するほどお疲れのママさんに
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2年が経ちました<完結編>
2010年04月14日 (水) | 編集 |
時間がたってもまったく動かない、息をしていないヘッケルを見て
ようやく死を認識しました。と、同時に涙が溢れてきました。
ダンナもヘッケルを抱いたまま泣いているようでした。
ダンナが泣くのを見たのは後にも先にも初めてでした。

病院にヘッケルが逝ってしまったことを連絡するのや、治療費の清算に
来院するなど、今まではヘッケルの治療に関して私が率先してきましたが
ダンナにやってもらいました。
もう病院と関わりたくない、このときはそう思っていました。

CIMG2459.jpg

漠然と、ヘッケルが長くはないことは意識していましたが、
家に帰ってきて、すぐヘッケルが逝ってしまったことに納得いきませんでした。
ダンナはヘッケルの死期が近づいているのが分かったから、家に帰したのだろうと
いいました。
もしそうなのだとしたら、なぜ迎えにいった時点でそのことを知らせてくれなかったのか。
予測でもそのことを伝えてくれていれば、心の持ちようが違っていたのに。

次の日に火葬のお願いをして、ヘッケルを日当たりのいい窓辺に寝かせてあげました。
ホントは日当たりのいいところに安置するのはNGですが、窓辺で日向ぼっこするのが
好きだったヘッケル。病気になってから自力で日向ぼっこすることがなかったので
お日様に当ててあげたかった。
まだ温かい体をタオルでくるんで抱きかかえ、鳥が飛んでるだの、花が咲いているだの
話しかけながら二人で外を眺めていました。
その夜ウ〇チ臭の残るヘッケルの体をダンナが洗ってくれたのですが、
硬直が始まっていて大変でした。
体が徐々に硬直し、体温も感じられなくなり、ゆっくりと旅立つ準備を始めているように
思えました。
でもまだ、ヘッケルが息を吹き返すんじゃないか…横たわる姿はそう思わせるほど
穏やかでした。

翌日、ヘッケルの体は小さな壷に入って、我が家に帰ってきました。

CIMG2461.jpg

腺がんと診断されてわずか1ヶ月でヘッケルの魂は虹の橋へ旅立ちました。
しばらくは早すぎる幕引きの原因を、病院の対応の中に探していました。
「あのときこうしてくれていれば…」「どうしてこうしてくれなかったの?」等々…。

ヘッケルの死の直後、病院にその気持ちをぶつけようとしましたが、ダンナに止められました。
「言ったところで、ヘッケルは戻ってこないよ」と…。

その通りなんです。それと、私に言う資格がないことにも気がつきました。
自分の不精を棚に上げ、病院に怒りをぶつけることで、悲しみを緩和させようと
してないか…。

エイズキャリアのヘッケルの体をきちんと理解し、食事や環境に気を使ってあげていた?
チャットを迎えるとき、ヘッケルの気持ちを考えてフォローしようとした?
常にヘッケルの気持ちや感情を受け止めようとしていた?

いずれもNOでした。

もし私が今の猫たちぐらい、ヘッケルの体調や感情に気にかけてあげていれば…
結果論かもしれませんが、2年経った今でも思うときがあります。

CIMG2460.jpg

猫が旅立ったとき、悲しみではなく感謝の気持ちで送り出してあげるのがベストだといいます。
直後はムリでも、時間の経過とともにありがとうの気持ちが持てれば、飼い主も猫も
幸せなのだと思います。

我が家でも、ヘッケルがいなければチャット以降の猫が来ることもなかったかもしれないし
私がこれほどの猫バカになることもなかったかもしれません。
またヘッケルの病気をキッカケに、私はネットで猫について調べるようになり、
ブログを始めて、猫好きな方々と交流をもつようになり、以前から比べれば、
チャットたちの健康には病院の先生が苦笑してしまうくらい、些細なことまで
気にするようになりました。

ヘッケルの存在がもたらした恩恵はとても大きく、その点はほんとうにヘッケルに感謝です。
でも、心の底にはヘッケルがもたらしてくれた恩恵を、ヘッケル自身に
与えてあげられなかった思いが常にあって、「ごめんね」って気持ちが
無くならないのです。

私は今の子たちが寿命を全うしたら、猫は飼わないつもりでいます。
今の子たちが20年以上長生きしたとしても、順当にいけば私が彼らの最期を
見届けてあげることが出来ますが、それ以後は自分の寿命に確信がありません。
だからよほどのことがない限り、これから猫を迎え入れることはありませんが、
例外が1つ…。

CIMG2464.jpg

もしヘッケルが生まれ変わってきたら…ヘッケルがうちの子になることを望んだら…
迎えてあげたいと思っています。
実はセナを保護したとき、ヘッケルの生まれ変わり?と思ったことがありました。
セナの背中はヘッケルと同じキジトラ柄で、しかも細身同士、後姿がヘッケルと
ダブったことがありました。
・・・でもセナはヘッケルの生まれ変わりではありませんでした。セナは、セナでした。


ヘッケルが私の前に現れてくれたら…今度こそ、お互い幸せだったね、と笑いながら
お別れできるように毎日を大事に過ごそう…そう決めています。


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4編にわたり最後まで読んでくださってありがとうございました。
まだ記憶がはっきりしているうちに、ヘッケルのことを残せてよかったです。
せっかくみなさんに読んでいただいているのに、かなり自己満足な内容に
なってしまいました。
みなさんが読んでくださったことで人好きだったヘッケルも喜んでいると思います。
今後、ヘッケルが登場することはないかもしれませんが、みなさんの心のほんの片隅に
ヘッケルのことを置いていただけたら幸いです。

ほんとに、ほんとに、ありがとうございました!

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長編すぎて、コメント難しいですよね~。
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2年が経ちました<後編>
2010年04月12日 (月) | 編集 |
****ご無沙汰してしまいすみません 今回は長文の上、写真がありません。
      ご了承のうえ、最後までお付き合いいただけたら幸いです****


3月8日土曜日の午前中、浣腸をしてもらうため
ヘッケルを病院につれていきました。

便がでればまた少し元気になる、ゴハンも食べられるようになる、
そのときはそう信じていました。
今ならその時のヘッケルの状態から、浣腸の危険性に思いを巡らす
ことが出来るのですが、当時は全く無知で病院の判断に従うのが
ベストと思っていました。

ヘッケルを病院に届けたあと、私は久しぶりの美容院にいきました。
病院から処置終了の連絡があっても、ダンナが自宅待機してくれているし
ヘッケルは何度も病院で浣腸してもらっているので、今回も
問題なく終わるだろうと思っていました。

美容院から出て、携帯をチェックするとダンナから

「病院からヘッケルを迎えに来てほしいと連絡あり。ちょっとヤバイらしい」

とのメールが入っていました。 私が帰ってきてから一緒に迎えにいくとのこと。

ヤバイってどういうこと?訳が分からず、家に帰ってから急いで病院に行きました。
(ちなみに美容院も病院も家から自転車で5分程度の距離です)


病院で診察室に入ったとき、ヘッケルは奥の処置室の酸素部屋で苦しそうに
肩で息をしていました。
結局浣腸を試みたものの、出口の便があまりにも硬くて、頑張って出すには
ヘッケルの体力がもたないと判断して、断念したとのことでした。
そしてその浣腸をしたことでヘッケルの容態が悪化してしまったようでした。

またこのとき撮ったレントゲンでヘッケルは骨格的に便秘しやすい体質だということが
分かりました。
聞いた時は「そうだったんだ」ぐらいの思いでしたが、この病院で今まで2~3度便秘で
受診して浣腸してもらっているのに、今回また便秘で診察したとき、どうしてそのことに
目を向けてくれなかったのか…。
私自身の無知さを棚に上げて、後からそんな思いが湧いてきました。

病院では出なかったけど、病院での処置が刺激になって、慣れてる家なら出るかもしれない
とのことでヘッケルをひとまず連れて帰ることになりました。
ヘッケルはあんなに苦しんでいるのに、家に帰ってもいいの?すごく疑問に思いました。
でもこのときは先生がいうように、家に帰れば落ち着くかもしれない、便が出るかも
しれないと思いヘッケルをキャリーに入れ、待合室で先生に注意点や今後の看護について
いろいろ質問しました。

まだヘッケルは頑張れる、この時はそう信じていました。
だから先生に一生懸命今後のお世話についていろいろ質問しました。

ケージの中のヘッケルが気になって、様子を見ようと扉を少し開けると
ケージから出ようとしました。いつもはそんなことしないのに…
私に抱っこをせがむような感じでした。
でもそのときヘッケルは浣腸のときに暴れたらしく、体がウ〇チで汚れていました。
(病院で簡単に拭いてくれたらしいのですが)
それに躊躇してしまって抱いてやれませんでした。

どんな思いで私に抱っこをせがんできたんだろう…ヘッケルの気持ちを思うと
ほんとに申し訳なくて、今でも後悔の気持ちがなくなることはありません。

病院から家に戻り、急いで隔離部屋にヘッケルを連れて行きました。
ダンナがケージからヘッケルを出そうとしたとき、喉に詰まったものを
吐き出すような発作を起こし、急に静かになりました。

「あ、死んじゃった…」とダンナが言いました。
あまりにも簡単に言うので、冗談かと思いました。こんなときに冗談いうなんて…
心の中で怒りながら、「うそでしょ?」と私。

「うそじゃないよ、だって息してないもん」

ヘッケルの口元に耳を近づけましたがよくわかりません。
体だって温かいままです。
でも目も口も開いたまま動かず、息をしていたらお腹が膨れるのにそれも確認できません。


ヘッケルを苦しませたまま、旅立たせてしまいました。



***後編で完結しようと頑張りましたが、文才のなさが災いしてさらに<完結編>へと
     続きます今回も長文で、しかも写真無しという猫ブログに
     あるまじき内容に最後までお付き合いいただき、深~く感謝いたします。***



ただいま<ヘッケル編完結>に向けて悪戦苦闘中のママさんに…
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2年が経ちました<中編>
2010年03月28日 (日) | 編集 |
いつもと違う様子のヘッケルを病院に連れて行くと、
便秘だとの診断でした。

ヘッケルは数年前から便秘症で、以前にも2回ほど浣腸してもらっています。
その後、便秘改善の療法食にしたり、薬を処方して飲ませたりとしましたが
療法食はドライ・ウェットとも口に合わず、薬も激しく抵抗するので、飲ませたり
飲ませなかったりしていました。

いつもなら浣腸のあと、元気も食欲も戻るのに、このときは食欲が戻らなくて
再度病院に連れて行きました。

詳しく調べると、お腹に腹水が溜まっているとのこと。
注射器で抜いた水は茶褐色で、状態はあまり良くないとのことでした。

ただ腹水だけでは判断が難しく、現状を詳しく確認するため開腹手術を勧められました。

CIMG2428.jpg

手術といったらかなりの金額なるだろう、病気が治るための手術ならともかく、
病気を特定するためだけの手術(この時点で予後が良くないことは大方判断出来ていました)
にお金をかけるのは、正直キツかったです。

見積をだしてもらったら、入院費や手術・麻酔代、検査等で15万。
(実際は17万近くかかりました)
これで病気が完治するなら迷いませんが、確認だけのために支払うには高額ですよね。
でもヘッケルが今どんな状態で苦しんでいるのかはハッキリさせたかったし、
状態が分かればヘッケルにとって一番いい治療なり環境なりを考えてあげることが
出来ると思い、決断しました。

手術が終わり、病変部の細胞をとって検査機関に送って出た結果は”腺がん”。
…聞いたことない病名でした。
(腹水が溜まっていたこともあり同時にFIPの検査もしましたが、こちらは陰性でした)

ヘッケルの術中の写真を見せてもらうと、腸壁に小さいオデキ状のものがたくさんありました。
腺がんはもともとの病巣(=がん)が飛び散ってできるものだそうですが
(多分そういう説明だったと思うのですがこのへん記憶があいまいです・汗)
ヘッケルにはその病巣部分が確認できませんでした。
数が確認できないほどのオデキ状のものをすべて取り除くのは難しく、ありていに言えば
”手の施し様のない状態”でした。

CIMG2431.jpg

その後の治療について、ひとまずは対処療法でいくこと、この症例に詳しい先生により有効な
治療法を相談すること(メールでの問合せで返答に時間がかかるとか、会う機会があったけど
その話が出来なかったとか、結局分からず仕舞いでした)、治療法を模索する間に、
なにより治療に耐える体力をつけることが急務でした。

手術後初めてヘッケルに会ったとき、すでに胃にチューブが通されていました。
術後自力でご飯を食べることが出来なかったので、この時点で処置したことは
正解だったとは思うのですが、事前の説明もなく処置されてしまったことに
違和感がありました。

強制餌給のやり方を教えてもらい、後は家での看護となりましたが、日中仕事で留守にする
家にヘッケルを自由にさせておくのは危険なので、早急にケージを購入し、私が留守のときは
ケージで過ごしてもらうことにしました。

病院から家に帰ってきたヘッケルは、お気に入りの出窓に飛び乗ったりする元気がありましたが
じきにそれも出来なくなりました。
流動食が主になりましたが、できれば自分でもゴハンを食べられれば、ということで
大好きなウェットをあげてみましたが、自分から食べようとはしませんでした。
口をあけ、上あごの裏側にウェットを塗って食べさせる方法を病院で教えてもらって
実践しましたが、必ず吐いてしまって受付ませんでした。

まず治療に向かう体力をつけることが先決でしたから、とにかく食べてもらいたかった。
流動食も一度に多くは摂れないので、1日3時間おきぐらいにわけて与えるのがいいと
言われたのですが、仕事をしていてその通りにするのは難しかったので、先生と相談して
朝1回、仕事から帰って1回、寝る前に1回流動食を与えることにしました。
私が在宅している時間のなかでこれ以上給餌回数を増やすと、必ずヘッケルは
吐いてしまいます。
また1回の量を少しでも多くするとやっぱり吐いてしまう。
チューブから送る速度にも気を遣って、毎回完食してくれるよう、祈りながら給餌していました。

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食事も十分な量摂れていないヘッケルは、だんだん動きもなくなっていきました。
トイレも粗相が多くなり、トイレの淵が毎回汚れていました。
いつもいるリビングでは落ち着いて寝ることができないし、トイレや食事に行くのにも
大変だろうと、今レオンのいる部屋をヘッケルの部屋として隔離しました。

だんだんヘッケルから表情が消えていきました。
撫でても無表情のまま、されるがままでした。
ずっと隔離のままでは可哀想と思い、夜はリビングにベッドを移動したり‥

病院から寒さに注意するよういわれていました。
隔離部屋ではヒーターをつけて、ベッドにあんかを入れて、寝るときは
布団をかけてと気を配っていましたが、気づくと冷たい床の上で
香箱組んでいました。
具合が悪くなると涼しいところに行きたくなるそうで、ヘッケルの状態の
悪さを物語っていました。

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流動食にしてから、便がでなくなりました。
病院から便を柔らかくするシロップ状の薬を処方されていて
チューブから毎食後投薬していましたが効果がありません。
亡くなる一週間前にさらに薬の量を増やして様子を見ましたが
やはりダメでした。

便が出なくなって3週間強、ヘッケルの体の状態を考えると
厳しいものがありましたが、これ以上便の出ない状態もヘッケルの
体に相当な負担がかかるので、浣腸することになりました。
浣腸は相当の体力を使うので、ヘッケルの体力を考えると
危険と背中合わせの状態でした。
でも、便がでないことで流動食の量もさらに摂れなくなってきていて
食事が摂れないことはもっと危険でした。

2008年3月8日、ヘッケル最後の病院へ行きました。

2年が経ちました<前編>
2010年03月17日 (水) | 編集 |
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3月8日はヘッケルの2回目の命日、3回忌でした。
ヘッケルのことをこうして記事にするのは初めてで、みなさんにも
なじみのないにゃんこですが、今日はヘッケルの話にお付き合い
いただいてもいいでしょうか?


ヘッケルは私とダンナが飼った初めての猫でした。
ヘッケルがいなければ、チャットたちは我が家にいなかったかもしれません。
私がのちに猫ばかになるキッカケをくれた猫でした。

13年前、ヘッケルと会ったのは私の実家がある、団地の駐車場でした。
夜実家での用を済ませ、停めてあった車に二人で乗り込んだところ、ダンナが
「車の下に猫がいる」と唐突に言いました。
私は気配すら感じなかったので、「気のせいじゃない?」とダンナが車の下を覗いているのを
助手席で見ていました。
体を起こしてダンナが運転席に乗り込んだとき、膝の上に子猫がちんまりと座っていました。

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保護当時。涙目でガリガリでした。


住んでいたアパートはペット禁止でしたが、放っておくわけにもいかず(特にダンナが)
ナイショで飼うことにしました。
(アパートの大家さんはダンナの祖母の友人なので大目にみてくれるかな、という甘えも
 ありました。が、退去時しっかり敷金徴収されました

病気っぽいのでダンナの実家でかかりつけている病院で診てもらうと、
歯が折れていてもしかしたら事故にあったかもしれないとのこと。
全体の状態から「エイズみたいな感じだな~、検査してみないと分からないけど」
と言われました。
猫エイズの名前は知っていましたが、病気の内容は無知で
先生が勧めないのもあってウィルス検査をしませんでした。
(ウィルス検査自体知らなかった)

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ダンナが大好きでいつもくっついて寝ていました。

のちにエイズキャリアであることが分かるのですが、保護時すでにかかっていたのか
うちに来てからもよく外に脱走していたのでそのとき感染したのか定かではありません。
家では基本室内飼いでしたが、窓を開けたスキに脱走し、気が済むときちんと家に
帰ってきていたので、脱走対策をしてまでヘッケルを室内飼いするようなことは
しませんでした。

見かけによらず気が強くて、人は大好きだけど猫は大嫌いだったヘッケル。
外猫に出くわすと自分からケンカを売っていたようです。

たすきぃもまだ生まれる前のこと、ヘッケルは子どもそのものでした。
常にかまってあげていたし、ヘッケルも自分の欲求には妥協しませんでした。
寝るときは必ずダンナと私の間でないとダメだったし、
気が強くて、甘えん坊で、私たちの愛情を独り占めにして
育ちました。

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抱っこすると必ず顔にスリスリしてきました。


ヘッケルが3歳のとき、チャットが我が家にきました。
チャットは私が公園の前でダンボールに入って
捨てられていたのを保護しました。
ヘッケルが猫らしい猫に対し、チャットは猫らしくない猫でした(笑)
オヤジ座りをしたりヘソ天で寝たり、とにかく笑いを提供してくれる
チャットにだんだん構うことが多くなりました。

今でなら新入りがきたときは先住猫を優先するのがいい関係作りの基本ですが
当時は知る由もありませんでした。(知る努力をしなかった)

チャットが来てからしばらくして、ヘッケルが少し痩せてきたように見えました。
家で体重チェックもしたことがなく、食欲もあったので気のせいかとも思いました。
チャットがきてストレスになってるのかな…そうも思いましたが、それ以外
不調に見えることはなかったので様子を見ていました。

その後ヘッケルの口臭がひどくなり、病院で抜歯をしました。
1本はいつ抜けてもおかしくないくらいグラグラでした。
記憶が定かではないのですが、多分そのとき改めてエイズのことを
言われウィルス検査をしたのだと思います。
結果は陽性…

幸いにもチャットには感染していなかったので、病院で食器やトイレの共有を避け
出来れば隔離したほうがいいと言われました。
今まで一緒だったものを突然離れさせるのは難しく、アパートでは隔離する場所も
なかったので、今までとおりにしていました。
病気のことをよく知らなかったからできた事で、このときは隔離が出来ない以上
チャットにうつっても仕方がないと思っていました。

CIMG2430.jpgIMG_0002_20090906162740.jpg
何かとまとわりつくチャットに迷惑顔のヘッケル。

チャットがきてしばらくしてたすきぃが生まれ、私は初めての育児に
いっぱいいっぱいで、猫たちとの時間が減っていきました。
一人っ子で甘えたい放題だった時期から、
チャットがきてたすきぃが生まれて、環境が変わったことは
そのときは気づいてあげられませんでしたが、ヘッケルに
ストレスを感じさせるものだったと思います。

今でこそエイズにストレスは大敵だと知っていますが
猫の病気や諸々についてきちんと向き合うようになったのは
ネットを見るようになってから。
当時は見た目元気でご飯を食べていれば、心配することもありませんでした。

また私は、人間にベタベタのヘッケルより、ツンデレのチャットのほうを
構っていて、夜寝るときもチャットと寝ていました。
ヘッケルは後から布団に入ってくるのですが、私の首の上や
お腹の上に乗りたがり、少しうっとうしく思っていました。
普段はダンナ大好きなヘッケルでしたが、ダンナが布団に入れてあげても
すぐ抜け出して私の布団に入って来ました。

昔はダンナとも寝ていたのに、思い返すとヘッケルが私の布団で寝ることに
こだわりだしたのは亡くなる数ヶ月前からだった気がします。
今だったらエイズキャリアのヘッケルに、レオンと同じようなケアをしてあげただろうに
今更後悔しても遅いことですが、そう思ってしまいます。

CIMG2427.jpg
一緒に寝てても仏頂面(笑)

猫嫌いだったヘッケル、チャットがきた当初は威嚇こそしませんでしたが
2匹で撮ったどの写真を見ても仏頂面のヘッケルばかり。
チャットは子猫特有の、上の子に興味深々でくっついてばかりいて
今まで一人で悠々自適に過ごしていたヘッケルにはうっとうしかったのでしょう。

それでも若いころはたま~に遊んだり、一緒に寝たりしていました。
晩年になるとチャットがヘッケルに毛繕いしようとすると怒るようになり、
寒い日に一緒に寝る以外、一緒にいたり何かするといったことはありませんでした。
ヘッケルがチャットにグルーミングするところは見た事がなく、
寂しいと思う半面、一緒にいることが少なかったからこそ、チャットがエイズに感染することは
なかったのかなとも思います。



2年前の2月、いつもなら私が布団に入ると後を追ってくるヘッケルが、朝起きたときも
暖房の消えた寒いリビングで香箱組んで座っていました。
寒いのが苦手なヘッケル、冬は暖房を消すと布団に潜り込んで寝るのが常でした。
暖房のない部屋で1晩明かすということは、ヘッケルの体調が良くないことを意味していました。
(以前にも同じようなことがあったので)




***長くなりましたので(毎度ながら長い文章ですみませ~ん)<後編>に続きます。
     前編に最後までお付き合いくださってありがとうございました!
     途中ですので、コメント欄は閉じさせていただきます<(_ _)>***



最近fc2の調子が悪くて記事作るのに悪戦苦闘している(言い訳~?)ママさんに…
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